ちゃんとやってるもーん

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もやは視程1km以上 (だったっけ)

ここでも、自室の紙の日記にも、基本的に悪いことは書きたくないというポリシーがある

わたしの良くも悪くも忘れっぽい性質を使うと、記録に残さなければ嫌な思い出はあまり残らない

反面、愚痴りたくなったときに紙の日記はとてもいいツールなんだろうけど、記録に残してしまうと負の感情が記憶に残ってしまうから書けないというジレンマ

 

夜中のテンションを使ってすこしだけ、滲み出す程度に綴ろう

 

わたしは、一寸前に嫌だなと思うことがあってから、

この先の人生でこの人の人生とまた交差する時があるかどうかを考えて、多分ないな、と思ったらその相手の言うことには耳を貸さないように決めた

良くないことだとは思うけど

一期一会とか言うものの、必ずしも全員が出会う価値があったのかというとそうは言いきれないし

いい勉強になりましたありがとう(棒読み)とは思うけどね

何でもかんでも相手のいうことその都度飲み込んで真面目に捉えると辛くなることも分かった

今更な気もするな‥今までわたしの周りの人はいい人ばかりだったからかしら (そういうわけでもなさそう‥)

 

全員が全員、本当に相手のことを思って話してるわけではないし

助言という傘に隠れてただ承認欲求を満たしたいだけ、鬱憤を晴らしたいだけ、見下したいだけでものを話す人もいるし

色々な人がいるからね

 

色々な人がいると面白いし、勉強になるし(これは棒読みじゃなくて本当に)、やっぱり多様性は必要だと思う

ただ、いつでもそうは思えなくて、自分の許容から外れた人に関わらざるを得なくなると、そりゃもちろん関わるけどどうしてもふっとつかれてしまう

そんな時に、黙って1人で気を休めることも必要だけど、自分と似た空気の人に会ってチューニングしなおすことが必要だなと思える

 

いま、定期的に自分と似た空気の人たちに関われる機会があって、それがとても大きな支えになってる

穏やかな空気とおおらかな人たち とても大切な場所がある

尊敬できる人、憧れる素敵な人もたくさんいる

 

結局、相手の言葉に耳を貸せるかどうかって

この先も自分と関わるかどうかもあるけど、

相手が自分を本当に思っていることが自分に伝わってくる言い回しかどうかと

自分が相手を尊敬できるかどうかなのかもしれない

 

前にどっかで見たなあ

弱い人は相手の行動を見ずに言葉に惑わされてしまう って

弱いって何に弱いのかは忘れてしまったけど、きっと騙されやすいとかそういう類のことかな

 

言葉はいくらでも隠れ蓑に出来るけど、

価値観が握ってる行動は結構人格を出してしまう

自戒も込めてね

惑わされないようにしっかりしないとね

この人しかいない と 他にもいる を うまく使い分けて生きていきたいものです