ちゃんとやってるもーん

研究やってる人の研究じゃない方の記録. courage, confiance, affection et espoir.

飽き性の日記のススメ

結構サボってしまったけどサボったのには理由があって,

今年の目標というにはそんなに気合を入れていないのだけど

細かいことでもメモをとる,ちゃんと記録に残すことを今年の目標にしていまして

その一環でノートに日記を書く習慣をつけようとしています

(何年も使ってないノートがあったからっていうのもあるけど)

家に置いてあるノートだと当然誰の目にも触れないからなんでも書けて

なんでも,というのはそんな大声で言えないようなこと,というわけではなくて

あまりに些細すぎてこっちに書くほどではないような内容でも書けるってことね

(言うてこっちもしょーもないことしか書いてないけど‥)

まあもはや日記は何時に大学行って何をしたとかそう言う記録のようなものになっている

その日の気温と着たものも記録して,一年後とかにこの気温で何を着ればいいとかそう言う参考にもなるかなって

そんなわけで,そっちに色々書いてしまったから

こっちに書けることが(ただでさえ少ないのに)また減ってしまうと言う‥

 

年始に日記を始めて,その時はどうせ数日で飽きるだろうと思っていたけれども

なんとまさかの1日も欠かさず書くことができている

もちろん,忘れちゃって翌朝に書くこともあるし

あ〜だるいな〜〜って思いながら本当にその日やったことと着た服の記録としてしか書かない日もあるけど

飽き性なりに続いています

着たものと気温の記録だけはしなきゃって思ってるし,(服のサイクルの問題で)

そのおかげで洗濯したものを洗濯した翌日にまた着てしまうということがなくなったり

少なからず自分にメリットがあるから続いているのかもしれない

 

あとは,わたしはもともと良くも悪くも忘れっぽくて(年取った時が心配)

嫌なことをすぐ忘れるのはいいんだけど(覚えてても嫌な感情は消えてることが多い)

楽しかった思い出とかもすぐ忘れちゃって

だから日常の些細なことなんてもっとすぐ忘れちゃうのです

とは言えど,どこかで過ごした思い出って

大きなイベントよりも日常の些細なことの方が大きいように思える

だからこそ何年か後に見返して,このころはこうだったなあ,今の自分はどうだろうかって

自分を省みるきっかけとしての記録にしたいなと思いました

どうしてもほら,昔のことって美化しちゃうじゃないですか

多分今のわたしが覚えている高校時代のわたしと実際の高校時代のわたしって差があるだろうし

高校時代は今よりも真面目だったなあ‥なんて今は思ってるけど実際はもっとだらけてたかもしれないし

(学校と家しか世界がなかったから暇でしょうもないことばっかり考えてたから今よりネガティブだったことははっきり言える)

それでもたまーに,昔はあんな頑張れたのになんで今こんなんなんだろうって思うことはあるから

そんな時にこの先これを見返して,意外とこの時もポンコツだったんだな,なーんだ頑張ろう

って思えるきっかけになるかもしれないと思ってます

 

高校時代(中学もだけど),ほんと暇だったからいろんなこと考えて悩んで苦しんでたけど(苦しかったのは中学か,高校になってからは中学とは別のことで悩んでた)

もしかしたらあの時にいっぱい悩んだから今気楽なのかもしれないし

今は目の前にやることがいっぱいあって悩みようがないのかもしれない(ちょこちょこ悩むことはあるけどね それでもあ〜〜まいったな〜〜くらいで済むことが多くなった)

大人になると気持ちは楽になるね 自分をどこで解放すればいいかわかってるし,

解放する手段も多様になるし

 

は〜〜終着点がないよ〜〜〜〜もういいや,これにてこの話おわり

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